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母屋は10畳・8畳・3畳の部屋と土間に分かれていました。
龍馬がもたれかかって座ったと伝えられる10畳座敷の柱など黒褐色の建具は幕末の家屋の雰囲気を忠実に再現しています。その先の縁側からは長崎の街と港が一望できます。
一方、土間の北側には玄関があり、かつてはそこから出入りをしていたようです。「亀山社中記念館」の入り口とは、建物の反対側になります。
また土間と3畳の部屋の上側には中二階がありました。有事の際には大人数人が潜むのに十分な広さです。
また、現在は失われていますが、母屋の北側には土蔵と馬小屋もあったとされています。
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