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九州商船乗船券売り場
ジェットホイール・べがさす
ジェットホイールのダイヤ
第2日目、朝食もそこそこにワシントンホテルを7時20分発で、長崎港に向かい、長崎後発7時40分、福江港着9時5分のジェットホール「べがさす」に乗船しました。
ジェットホイールにて
ジェットホイール「べがさす」の要目です。 総トン数 163トン 旅客定員 264名 最大速力 45.6ノット 航海速力 43.0ノット
航海速力43ノットは、時速約80Kmですから、一般道路の自動車よりも速い速力です。 運賃は長崎〜五島往復割引で10,620円です。 なかなかの運賃です。 カーフェリであれば片道2、250円ですが、長崎から福江まで3時間10分かかります。 高速航行ですが、ジェットホイールですので、船体が空中に浮きますので、振動は殆どなく快適です。
予定通り9時過ぎに福江港に到着、マイクロバスに乗り換えて早速島内見学に出かけました。 最初に「武家屋敷通り」を訪ねましたが、ここはマイクロバスの中から眺めたのみで、五島のシンバルともいえる「鬼山」に向かいました。
島内見学バス
小雨降る鬼山
「鬼山」が含まれる、福江島南岸に吹き出た鬼岳火山群は、シンダーコンと呼ばれる珍しい火山です。 500万年前に噴火した楯状火山(アスピーテ)の上に5万年前の臼状火山(ホマーテ)が重なり合ってできたもので、鬼岳、火ノ岳、城岳、箕岳、臼岳からなっています。
鬼山からの展望(福江市街)
鬼山から南西方向の展望
その中の標高315mの鬼岳は、全山芝生に覆われていて、尾根伝いのトレッキングでは眼下に広大なパノラマが展開し、福江の市街地や遠くは上五島などを望むことができます。 今回は中腹の展望所のある場所まで登りましたが、この日は10時過ぎまで小雨模様で、眼下の福江市街の街並みは残念ながら霞んでいました。
鬼山にて
鐙瀬熔岩海岸
鐙瀬熔岩海岸展望台
「鬼山」の次に「鐙瀬熔岩海岸」を訪ねました。 鬼岳火山から流出した溶岩が、青く澄み切った海に延々7kmにわたって流れ込み、変化に富んだ海岸線を形づくっています。 温暖な無霜地地帯で、至る所に亜熱帯植物が繁茂し、情熱的な花木が咲き乱れ、美しい景観を呈しています。
鐙瀬熔岩海岸から鬼山を望む
永正4年(1507年)、第16代領主囲公が、妹婿の玉之浦納に攻められた際、馬でこの地まで逃げたが、鐙がきれ、小舟で沖にある黒島に落ちのびたが反逆党は黒島に迫り、公は自刃しました。 以来、鐙瀬と呼ばれるようになったとのことです。 昭和44年(1969年)、昭和天皇・皇后両陛下が訪問されています。
魚津ヶ崎公園
魚津ヶ崎公園案内板
「鐙瀬熔岩海岸」から福江島の中央部を横切って「魚津ヶ崎(ぎょうがさき)公園」を訪ねました。 遣唐使船日本最後の寄泊の地として「肥前風土記」にも記載されている魚津ヶ崎は、西海国立公園内に位置し、風光明媚な公園として知られています。 特に季節ごとに楽しませてくれる花々は魅力とのことです。 春には菜の花、梅雨の時期にはあじさい、夏にはひまわり、秋にはコスモスが一面に咲き誇ります。
遣唐使船寄泊地の碑
遣唐使船寄泊地の碑に関する案内
見渡す限り花が続く野原と湾曲して切り立った岩場のコントラストは美しく、訪れる人の心を癒してくれます。 公園内にはキャンプ場やバンガロー、周辺には浜田海水浴場もあり、大自然を満喫できる場所です。 バンガローにはエアコンやシャワー、トイレも完備しており、子どもからお年寄りまで安心してキャンプを楽しめるとのことです。
強風のため根本から曲がる樹木
魚津ヶ崎公園で記念撮影
魚津ヶ崎公園にて 右端は今回の案内人
魚津ヶ崎公園にて
魚津ヶ崎は猛烈に風の強い場所で、公園内の樹は斜めに枝が伸びていました。 魚津ヶ崎によって風が遮られる南側は、天然の良港となっており、遣唐使の最後の寄宿の場所として選定された理由が良く理解できました。
水ノ浦教会
「魚津ヶ崎公園」の次に、天然の良港の水ノ浦にある「水ノ浦教会」を訪ねました。 水ノ浦教会は明治13年(1880年)に創建です。 水ノ浦の入り江を望む丘に立つ天主堂は、木造教会堂としては島内最大規模の建物です。 明治13年(1938年)に現在の聖堂に改築されました。 白を基調とした聖堂内は見事なコウモリ天井と色鮮やかなステンドグラスを通して注がれるやわらかな光が印象的で、厳粛な雰囲気をつくりだしています。
教会裏には、悲しい五島キリシタン弾圧の牢跡・26聖人のうちの一人である聖ヨハネ五島の像もあり、厳しく迫害された歴史を物語っています。 アンゼラスの鐘の音が悲しくそして優しく響きます。
道の駅遣唐使ふるさと館
次に訪ねたのが「道の駅遣唐使ふるさと館」です。 道の駅遣唐使ふるさと館は、長崎県初の離島の「道の駅」です。九州では鹿児島県奄美大島に続いて二駅目の離島の「道の駅」とのことです。 五島列島は、その大部分が西海国立公園に指定されており、美しい海と豊かな自然に恵まれています。また、教会、寺社をはじめとする多くの歴史遺産が残っており、多くの観光客の方が訪れています。 電車がない五島における道の駅として、個性ある空間創りを目指しているとのことです。
遣唐使船
道の駅遣唐使ふるさと館には、展示コーナーと万葉シアターがあります。 三井楽町は、遣唐使船の日本を出る前の最後の寄港地であり、遣唐使とのゆかりの深い場所です。展示コーナーでは、遣唐使についての資料や、万葉集に掲載されている、三井楽を詠んだ歌などの展示が行われています。
万葉シアターでは、三井楽町に関わりの深い「遣唐使」と「万葉」をテーマに、史実を参考にして創作した三井楽オリジナルの映像ソフト「遣唐使ものがたり」と「行きし荒雄ら」を楽しむことができます。 いずれも万葉時代の頃の三井楽を舞台にした物語です。 リズミカルに動く人形アニメーションと万葉幻想に誘う万葉切り絵々巻で、古代の三井楽を楽しむことができるようですが、時間の関係で見ることができませんでした。
五島列島酒造
道の駅遣唐使ふるさと館に隣接して「五島列島酒造」があります。 豊かな大地と青い海、人情が温かい島「五島」の島の恵みで焼酎を造る・・・・・ それは、安心・安全で美味しい五島の魅力を瓶に封じ込めること。 ということで、輸入原料はもちろん、島以外からの原材料を一切使わない。 島で昔から大切に育てられている農産物と、島の水と、島の人の手で造る焼酎であることが五島列島酒造の原点であり誇りでもあるとのことでした。
高浜海水浴場
魚藍観音展望台
五島列島酒造の次に「魚藍観音展望台」を訪ねました。 魚藍観音は、東シナ海での大漁・海の安全を祈って、建てられました。 高台から眼下に広がる海を穏やかに見守っています。 鯛を抱える観音様の姿は微笑ましいものがあります。
魚藍観音
魚藍観音展望台の眼下に高浜海水浴場を見ることができます。 高浜海水浴場は、日本一美しいといわれる砂浜を持つ全国的にも有名な海水浴場です。 輝くほどの砂浜を取り囲むように連なる山々の緑、波打ち際から水色、青色、藍色となって東シナ海に広がる様は「美しい」の一言です。 周囲に人工的な建物がないのも魅力で、浜の背後にはハマユウやサキシマフヨウの自生群があります。
井持浦教会
魚藍観音展望台の次に、「井持浦教会」を訪ねました。 明治28年(1895年)、フランス人宣教師ペルー神父によって創設されたレンガ造りの聖堂は、五島最初のロマネスク様式です。 その祝別式の時、ペルー神父の提案により日本で初めてのルルドが造られることになり、明治32年(1899年)、フランスのルルドを模して信者によって五島各地から集められた岩石でルルドおよび霊泉が完成しました。
井持浦教会・ルルド祭の案内
井持浦教会・ルルド
井持浦教会・霊水
大瀬崎灯台
大瀬崎灯台を望む展望デッキ
「井持浦教会」の次に「大瀬崎灯台」を訪ねました。 大瀬崎灯台は、「九州本土で最後に夕陽が沈むところ」として、九州本土最西端に位置し、東シナ海の荒海に面しています。 激しい風や波に打ちひしがれて浸食された断崖絶壁が作り出す壮大な風景は圧巻です。 海に突き出た場所に立つ白い灯台は青い海とのコントラストが美しく、近海を航行する船の道しるべとなっています。
駐車場傍の展望台から東を望む
駐車場傍の展望台
大宝寺に向かう車窓から
「大潮崎灯台」の次に「大宝寺」を訪ねました。 大宝寺では重厚な山門が出迎えてくれます。 大宝寺は、約1300年前の大宝年間に創建されました。 元々は三輪宗の道融という人が開基しましたが、大同元年(806年)空海が唐から帰国の際に立ち寄り、真言宗最初の道場として布教活動をしたことから、三輪宗を真言宗に改宗しました。 その後、西の高野山とも呼ばれています。
大宝寺
大宝寺は五島八十八ヶ所巡拝の八十八番札所でもあり、境内には「弘法大師霊場 祈願お砂奉安 四国八十八ヶ所巡拝御砂踏處」と書かれた大師堂があります。 また、奥の院の小高い丘の上には「へそ神様」と呼ばれる五重の石塔があり、子どもが生まれると、島の人々は健やかな成長を願って紙に包んだへその緒を石塔の下にある穴に納めたといわれています。
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