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第10回Kホームクラス会 隠岐の島 (H28。10.22~24)

隠岐の島クラス会
2016年10月22日~24日

参加者:一柳雅英、岡林稔、尾立英也、小松健、小松礼子、中橋功、野村茂久、三宅ヨシユキ、目代雅彦、森下芳文、森下美佳子、和田建夫 以上12名

10月21日、明日から松江経由で隠岐の島へ行くという日の午後、ぐらりと揺れた。
鳥取地震発生。
天気も悪く、旅行期間中の天気予報にも
☀マークが出てない。
それでも、何とかなる、行けるところまで行こうと、幹事Kはのんきに「行きます!」と決定。


22日9時ころ、高知インターから森下白CLOWN車が、9時半ころ、南国インターから三宅赤CLOWN車が出発、松江へ向かう。

蒜山SAで昼食休憩。ところが、レストランは地震の影響で閉店(地下水利用のためとか)。

SAの食堂も稲荷寿司しかない。しかも、その稲荷、電子レンジでチンしたみたいに、もやもや温い稲荷寿司なのだ。



蒜山SAを出て松江のアーバンホテル別館まで、地震の被害のない所ばかりを一気に走る。

ホテルへチェックイン後、松江城へ観光散策。博物館のような城内を天守閣まで上がった。



夕食は市内の料亭「和らく」。
ぬっくい稲荷寿司2個の昼食だったせいで、宴会料理に大きく期待したのだが…。

酒は飲み放題で、グイグイ。
ホテルまで、歩いて帰る。

誰ともなく口ずさみ始めた「惜別の歌」を、高歌放吟。宍道大橋を渡りホテルへ帰る。




24日、8時前、幹事Nの乗る森下白CLOWNは一足早く七類港目指して出発。
ほどなく県外組の乗るタクシー青CLOWNと、そのあとに付いて三宅赤CLOWNが出発する。
CLOWNのナビが左・左・左と指示するのに、青CLOWNは右へ右へ右へと走る。
「地元のタクシーやき近道を知っちゅうがやろう」と幹事Kが要らんことを言って変な安心を押し付けた。くねくねくねと1時間近く走り回って行きついたところが目的地とは違う境港で仰天!

既にフェリーの出航時刻9:00まであと5分しかない。森下氏から叱責の携帯電話。

海をまたいだ大橋を渡り、山を越えて七類へ急ぎ、ギリギリで乗船することができた。
きっと出航を待っていてくれたに違いない、ありがとうございます。


11:25島後・西郷港着。
港近くの海鮮料理「漁場」で昼食後、2台のワゴン車で観光出発。

隠岐の国の一宮といわれる水若酢神社。静かな境内を進むと水若酢古墳といわれる横穴式石室があった。


その次に行ったのは白鳥海岸。

99個ともいえる数多くの岩礁が白い波を生じさせる自然豊かな美しい海岸でした。

ここから竹島を眺めると、おのずと対馬・尖閣・国後択捉歯舞色丹にも思いを馳せるようになるのでしょうか。ここから各所への距離を表示した標識があったが、カメラを車に残してきたので記録できなかった。

そういえば、松江市内で「竹島かえれ」というフレーズを見た。

「自分で泳いで帰っておいで!」ということ?



ローソク島の遊覧船は天候不良で欠航。

展望台からはるか下のローソク島を俯瞰。急坂を数百メートル、海岸の展望所まで歩いてヘトヘト。

潮菊、島寒菊、ヤクシソウなど海辺の花が咲いていた。



次の壇鏡の滝へ向かう山中で、小松健氏が車窓から小野篁在所跡を発見。下車観光。

草むらを踏み分けて行くとこじんまりした建物などの遺跡と風化が進んだ墓群があり、一つの墓石に「流人」の文字を見つけた。

ン、一句詠んでみるか!

壇鏡の滝は鬱蒼として湿気が多い深い森の中にあった。ここは隠岐固有の植物群が見られるという。



さて本日最後の観光予定地・国分寺。

行きついた時に夕鐘が鳴り、18時。とっぷり暮れていた。

国分寺牛突き場への道はあったが、お寺が見つからない。ようやく山門を見つけ、門前で合掌し、本日の観光予定を全て済ませて宿泊地、隠岐プラザホテルへ向かった。




夕食は、宴会料理でなく、通常の宿泊につく夕食であったが、なんと!

新鮮な海鮮料理が次々と出され、そのどれもが超美味で、大・大満腹・大満足!

大皿の特大なタイの頭の煮つけにも仰天。

「誠會」と大書された風雅な屏風の前で、小松健作、七言絶句「詠秋虹零涙」を小松礼子が吟じ、小松健が「博多節」で返歌という余興もあった。




24日は8:30 フェリーしらしまで島前・別府港へ。

乗船したら、なんと、一等席の天井と床に「野村しげひさ様」「予約席」とナワバリがあり、ゴロゴロし放題。




別府港からは、レンタカー3台に分乗し、まずは後醍醐天皇行在所跡の「黒木御所」へ。

急な石段が続いて疲労困憊。昔の人は足腰が強くてこんな高い所でも平気だったのだろうか。

次は由良比女神社。
道中では、創作「由良比女伝説」が語られ、嘘八百の物語が延々と続いた。

由良比女神社は海上守護神として信仰されているという。
神社の前の浜では、集まってきたイカを拾ったというから、驚くべきイカの豊漁地なのだろう。




隠岐の海はどこも美しい。

次に行ったのは国賀海岸。
ぱっと見に「ビーナス」のような岩があると思ったのは、「観音岩」だった。

摩天崖への道中、野生馬がのんびり道路に立って道をふさいでいた。
人間、喜寿を過ぎるとクラクションを鳴らしたりせず、じっと待つことができるようになるのだ。




魔天崖も切り立った崖が見ものだった。

国賀海岸の観光図でみた「焼火(たくび)神社」へ行きたいということになった。

下車し、山道ウォーキング。道標の距離数が、「もうちょい」「もうちょい」的で、随分長く歩いた。

でも、行ったら立派なお堂があって感激。




予想外の長距離ウォーキングがあり、帰りのフェリーの出航時間がせまって大急ぎで別府港へ。
昼食時間がなく、なつかしい学生時代のように、オムスビ・パンを船の中で食べた。
負けない強靭な面々の、日ごろの善行を神様が見ていたのだろう。
今回の旅は天候が急転して良くなり快適な旅となった。

帰りのレインボージェットは強風のため時間が多めにかかり、予定の七類港ではなく境港港に着岸した。
切符の行先は、七類でも境港でもなく、「本土」となっていた。
県外組の方々は境港からJRで帰途に就き、高知組は七類へ回り赤白のCLOWNで高知へ帰った。
中国道の車窓から美しい伯耆富士が見えた
楽しく愉快でよい旅でした。

              小松礼子


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