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Kホーム台湾旅行その2 <台湾クラス会4日目 九份へ行きたい派6人の巻 (H30.12.13)

台湾クラス会4日目 <九份へ行きたい派6人の巻>

台北から九份へはだいぶん距離があって、観光には時間がかかるという。
台湾へは何度も来たし九份へも行ったことがあるから行かない派の3人と、折角だから九份へ行きたい派の6人に分かれて行動。
ホテルを9時半ころ出たであろうか、地下鉄と台湾鉄道を乗り継ぎ、台湾北部の基隆市瑞芳を目指す。
言うは簡単だが、どのプラットホームで、どの列車に乗ったらいいのかさっぱり分からない。
一行の中に中国語ができる中橋氏がいてくれるので本当に心強い。

彼が、若くてきれいで親切そうな女性に教えてもらうべく声をかけると、女性は、一生懸命考え、スマホをめくり、それでもわからないことは、ほかに人にも尋ねに行ったりして、懇切丁寧に教えてくれる。

どの場面でも、台湾の人は本当に親切だ。老人にも優しい。
これは旅の間中、ずうっと感じた。
そして、台湾鉄道の特急と思われる列車の「博愛座」(画像1)というシルバーシートに座り、4駅位行ったところの瑞芳で下車。
目的地へ、また一歩、近づいた!



いつの間にかお昼もとうに過ぎていた。
駅前食堂(画像2)で焼サバ定食のサンプルメニューを見つけ、昼食をとることにする。



女将さんは土佐弁で話す一行に、日本語で話しかけてきた。
おじいさんが日本人だったという。
日本が台湾を統治していた日清戦争以来(1895年)第2次世界大戦終結(1945年)までの「大日本帝国」時代の50年間、そして、敗戦後の73年間に思いを致す。
定食のご飯は蒸し米のように硬かったが、焼きサバはおいしかった。
食後に、文旦のような、ザボンのようなミカンを剥いてご馳走してくれた。
これがまた、絶品。非常においしかった。

目の前のタクシー乗り場で「九份まで205元」のタクシーに乗り、街を離れ、どんどんくねくねと山へ上っていく。タクシーを降り、人の波に混ざって、さらに登っていくと「黄金山城九份舊道」の看板から続く狭くて賑やかな商店街への入り口へ到着。




食べ物の匂いと、あふれんばかりに広げた土産物と、呼び込みの声の中を、観光客がぞろぞろと引きも切らない行列となって進んでいく。




所々で脇道があり、きつい傾斜の階段の両側にも家や店や神社がある。



どこまで行ってもこんな感じか、もう疲れたなあ、と思ったころに終点の展望台へ着いた。

山には人家や茶畑が見え、すぐ近くに海が見える。



帰路、お茶を飲もうと「忘情小築」という茶店へはいる。



靴を脱いで上がり、下が丸見えのテラスのようなところに案内される。
一人前350元という高山烏龍茶を、中国式に淹れて一煎目、二煎目、三煎目と、口に広がる甘さと渋みの微妙な変化を味わうことができた。美味しかった。



帰路は、留守宅へのお土産を選びながら、元来た道を帰ってきた。
海が夕焼けで染まれば…・、山に張り付く派手な建物に明かりが灯れば…・
どんなにかきれいだろうと思う。
が、雨催いの5時半ころなので、どちらも望めなかった。
ネットで検索したらこんなきれいな夜景の写真が出てきた。



ところで、九份って何なの?
「千と千尋の神隠し」に出ていた?
と思って調べてみたら、清国末期にゴールドラッシュで賑わったところと出ていた。
豪華絢爛たる館は遊興の館? 酒店?
今では、世界中から観光客が集まり、なかでも日本人が行きたがる観光地だとか。

九份へのミニ旅行では電車の乗り違いもあったような気がするが、6人全員、無事にホテルまで帰還し、夕食は旅の最後の夜の乾杯となった。

         小松 礼子記


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