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第8回Kホームクラス会 その1 (H26.5.17〜5.19)


櫛田神社:博多祇園山笠


 

櫛田神社:博多祇園山笠

以後、学年全体の総会が開催される年を除いて毎年開催されてきましたが、昨年は開催されませんでした。

このため、今年は学年総会の年ですが、急遽福岡で開催されることになりました。

これまでの経過は次のとおりです。

京都→宮崎→45周年総会(東京)→広島→伊勢→総会(有馬)→金沢→室戸→総会(高知)→京都→福岡

Kホームクラス会が、5月17日(土)、18日(日)、19日(月)の3日間、福岡及び佐賀で行われました。

Kホームクラス会は、平成14年に開催された還暦総会の時に、「これからは歳をとってくるので、5年に1回ではなく毎年会おうではないか」という提案から始まりました。

そして、平成15年11月29日、30日に最初のKホームクラス会が京都で開催されました。

この時は関西在住者に加えて、関東、広島、高知から22名が集い、更に中塚君の特別参加を得て23名の盛大なクラス会となりました。

 

櫛田神社:博多祇園山笠



櫛田神社



櫛田神社

今回は、急遽開催されることになったこともあり、参加者は10名、奥様1名の合計11名のクラス会となりました。

今回の幹事は福岡在住の野村君で、クラス会のテーマは「歴史遺産を巡るKホーム福岡の旅」となっていました。

ということで、初日の17日は、福岡のホテルに12時に集合したのち、福岡市内を観光することになりました。


ホテルからタクシー3台に分乗して、まず櫛田神社を訪ねました。

櫛田神社は、古くから博多の氏神・総鎮守として信仰を集めている神社です。

祭神は大幡大神(櫛田大神)、天照皇大神、素盞嗚大神(祇園大神)の三神で、正殿に大幡主神、左殿に天照大神、右殿に素盞嗚神が祀られています。

社伝では、天平宝字元年(757年)、松阪にあった櫛田神社を勧請したのに始まるとされ、松坂の櫛田神社の祭神の大幡主神が天照大神に仕える一族の神であったことから、天照大神も一緒に勧請されたと伝えられています。


櫛田神社



櫛田神社の大銀杏

770年の伝統を誇り、全国的に知られる博多祇園山笠は、櫛田神社の祇園神(素盞嗚命)に対する氏子の奉納神事です。

博多山笠は、その昔、蒸し暑い夏を無事に越したいと願う博多の人々によって始められた祭りとされ、運営においては「自治」が重視されたことに特色があるとのことです。

以前は高さが15〜16mあった山笠を舁いていましたが、明治時代に電気の普及による電線の敷設のために実際に動く「舁き山笠」と展示用の「飾り山笠」に分化しました。
現在の「飾り山笠」は10m前後の高さです。

飾り山笠は、7月1日から15日の午前0時まで、14カ所で公開されます。

櫛田神社に向いた面を「表」とし、その裏側を「見送り」と呼びます。

それぞれ 博多人形師による絢爛豪華な人形が飾られ、「表」には武者物、「見送り」には童話やテレビアニメが題材になることが多いとのことです。

櫛田神社には見事な「飾り山笠」が展示されていました。



博多町家ふるさと館



博多町家ふるさと館

境内には県の天然記念物に指定されている大銀杏の御神木があり、櫛田神社のシンボルの一つとなっています。

櫛田神社に隣接して、「博多町家ふるさと館」があります。

「博多町家ふるさと館」は、明治・大正期を中心に、博多を紹介する3棟で構成されています。


展示棟は、1階では博多の歴史や文化に関する展示が、2階では商家に伝わる民具の展示や博多の伝統工芸品の実演を見ることができます。

ちょうど博多山笠のビデオを見ることができました。


博多町家ふるさと館



博多町家ふるさと館



博多町家ふるさと館



今年の大河ドラマの主役は官兵衛です

町家棟は、明治中期に博多織織元の住居兼工場として建てられた町家を移築復元したもので、福岡市の指定文化財になっています。

みやげ処では、博多の伝統工芸品や地元の銘菓、山笠グッズや書籍、ふるさと館関連商品まで博多の様々なお土産品を販売しています。



博多人形


博多人形



はかた伝統工芸館


「博多町家ふるさと館」のすぐ近くに「はかた伝統工芸館」があります。
福岡の伝統工芸品の代表格として、いにしえより職人たちの手によって継承されてきた「博多織」「博多人形」があります。

「はかた伝統工芸館」では、福岡・博多に縁のある伝統工芸品の優れた作品たちを展示・紹介し、培われてきた職人技のすばらしさを伝えようとするものです。

残念ながら、博多織や博多人形は撮影禁止でした。


はかた伝統工芸館:博多人形



岡林君ご馳走様でした


???



川端通商店街



川端通商店街



川端通商店街

櫛田神社の境内を通り抜けて右手に進むと、「川端通商店街」です。

河端町は、博多で最初に栄えた商業の町として、博多祇園山笠の町として知られています。

現在でも、アーケード街には、約100軒の老舗と新しい店が軒を連ねています。

博多祇園山笠の期間には、唯一の走る飾り山笠が展示されます。


 


商店街の一角に「川端ぜんざい広場」があり、年間を通じて山笠が展示されています。


ぜんざい広場は、土・日・祝日及び祭りなどのイベントの時のみ営業しています。



川端ぜんざい広場の山笠



熊本城天守台



熊本城天守台からの展望



熊本城天守台からの展望



熊本城

川端通商店街を通り抜け、地下鉄で「中洲川端駅」から「大濠公園駅」まで地下鉄で移動し、「福岡城趾」を訪ねました。

福岡でも、Suicaやpasmoが使用できるから便利です。



熊本城天守台にて



熊本城天守台にて



熊本城天守台にて


熊本城天守台にて


福岡城は、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いの功績により、豊前国中津16万石から、筑前52万3千石を得た、初代福岡藩主・黒田長政が、慶長6年から7年がかりで築城しました。


熊本城天守台にて



熊本城のスイレン



熊本城のスイレン

平山城で、大中小の各天守台と約50の櫓がありました。

現在は、多門櫓、潮見倉、下之橋御門、祈念櫓などが保存され、大天守台は展望台になっています。

国指定の史跡で、別名「舞鶴城」とも呼ばれています。



神功皇后朝鮮出兵の地


「福岡城趾」から「大濠公園駅」に戻り、地下鉄で「姪浜駅」まで移動し、タクシー3台に分乗して「小戸大神宮」を訪ねました。

「小戸大神宮」の祭神は天照大神、手力雄命、拷幡千々姫命です。

小戸は神代の昔から伊邪那妓(いざなぎ)大神が禊払いをして天照皇大神、志賀三神、住吉三神が誕生したといわれる由緒深い聖地です。

昔は形ばかりの小詞でしたが、享保10年(1725年)に第6代藩主黒田継高により社殿が建設されました。



小戸大神宮



安産石

また、全国の神社で、神主が祝詞を挙げる時に必ず冒頭に口にする「祓い詞」がありますが、この中の「掛けまくも畏き、伊邪那妓大神、筑紫の日向の橘、小戸の阿波伎原に、」とあります。

筑紫とは福岡を、日向の橘とは日向峠近くを、小戸の阿波伎原とはこの小戸の浜といわれています。


境内周辺には神功皇后伝説の中の安産石や鎧掛け松ね御膳立て、元寇防塁、幕末に築かれた砲台跡などがあります。

神功皇后の休憩安産石の由緒により、安産祈願またけいれんの病に霊験があるとされています。

また、皇后の朝鮮出兵にちなむ「お膳立て」の磯があることから、倭国の軍船団がここから出港し、また戻って来たと伝えられています。


小戸大神宮



元寇防塁



元寇防塁



元寇防塁



元寇防塁

次に、元寇防塁を訪ねました。元寇防塁は、鎌倉時代に博多湾沿岸一帯に築かれた石による防塁です。

蒙古来襲(元寇)に備えて築かれたもので、弘安の役の際には防塁が築かれたところからはモンゴル・高麗軍は上陸できませんでした。

今回訪ねたのは、玄界灘に面した生の松原の防塁です。



生の松原


ここは弘安の役における激戦地で、「蒙古来襲絵詞」にも描かれているとのことです。

埋め立てなどにより、鎌倉時代当時よりも海岸線が沖合に延びているため、防塁は風化し、土中に埋没している部分が多いとのことですが、生の松原の防塁は、国の史跡として整備され、露出した状態になっています。

長崎県松浦市から平戸市にかけては、海岸線40〜50キロにわたって、部類が古代のまま現存しているとのことです。


生の松原と玄界灘



愛宕神社



愛宕神社



愛宕神社

元寇防塁に引き続いて、「鷲尾愛宕神社」を訪ねました。

伊耶那岐尊・天忍穂耳尊を祀る鷲尾神社(鷲尾権現)と、火産霊神・伊耶那美尊を祀る愛宕神社(愛宕権現)が明治時代に合併したものです。

三大愛宕神社の一つです。



愛宕神社からの展望



愛宕神社からの展望


愛宕山の山頂にあることから、眺望が良く、福岡市内を一望することができます。

正月3ヶ日には70万人の参拝者があるとのことです。


愛宕神社からの展望


懇親会



懇親会



味彩よひら



味彩よひら

愛宕神社から愛宕山の中腹にある「味彩よひら」に移動して、懇親会です。

1年半ぶりの再会を大いに楽しみました。




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           竹村


味彩よひら


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