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観艦式に参加して (H15.10.22)


1 観艦式概要

 自衛隊記念日(11月1日)を祝い、自衛隊の最高指揮官(内閣総理大臣)にその整備状況や士気の高さを観閲してもらい、併せて招待客や一般参観者に精強ぶりを披露する行事として、3自衛隊の持ち回りで中央観閲行事が行われる。

 今年は海上自衛隊の担当で相模湾で観艦式が行われ、10月26日には小泉総理が観閲官として「しらね」に乗艦した
部隊を観閲している小泉総理。後方は石破防衛庁長官。

竹村君のご配慮により三六会のメンバー夫妻9名がイージス艦「きりしま」に乗艦させて頂き、つぶさに観艦式を見学し感動を共にしました。

(写真は拡大できます)

坂本、横田夫人

坂本、藤原夫人

目代夫人

 観艦式は、1341年、英仏戦争で英国王エドワ−ド三世が自ら艦隊を率いて出撃する際に、その威容を観閲されたのが起源とされている。

 観艦式は明治元年3月、明治天皇が大阪・天保山沖の艦艇(6隻、2452トン)を観閲した「艦兵式」が始まりである。「観艦式」という言葉が最初に使われたのは、第4回の明治33年の大演習観艦式(神戸沖)からである(海上自衛隊新聞より)


2 きりしま乗艦レポート: 従軍記者 藤原

 観艦式はTVのニュ−スでは観たが経験するのは今回初めてで、前夜から胸躍る想いで天気予報に一喜一憂しながら当日朝を迎えた。JR横須賀駅を出るとそこはもうすぐ港、NAVYの香り漂うハイカラな街である。
 沢山艦船が停泊していたが、今回乗船する「イージス艦きりしま」はネズミ色の一際大きな鉄の要塞で随分遠くからあれだなと直感出来た。
 乗艦したら隣の「しらね」艦上で「栄誉礼」の訓練が始まった。

きりしまの遠景

しらね&きりしま

儀礼訓練のため
待機中の隊員

 定刻の9:30AM、静かに艦は岸壁を離れ一路艦隊を組んで東京湾を南下した。

お昼過ぎ、艦内でのミニ同窓会をひとまず切り上げて相模湾上で始まった「観閲式」を見学しようと艦上に上がった。

隊列を組んで

南下する艦艇

きりしま艦尾で
自衛艦旗を背景に
きりしま旗甲板で
自衛艦旗とともに



雨は一向に止む気配はなくおまけに風と僅かなうねりまで出て、実戦さながらの展示訓練となった。観閲部隊の観閲では、内閣総理大臣および防衛庁長官が乗艦し観閲する「しらね」および本艦「きりしま」の眼前を23隻の受閲艦船が航行パレードした。

三六会のメンバーは観艦式を見ることに夢中のためこのセクションの写真は海自提供です。

観閲部隊として航行中のきりしま。上空を近接しているのは展示飛行の航空機です

反転している観閲部隊

艦艇からの「祝砲」「対潜水艦ミサイル発射」は腹に響く轟音を発した

ミサイルに攻撃された時の防御の一種である「IRフレアー弾」を発射する艦艇

「IRフレアー弾」のヘリコプターからの投下や、航空機からの潜水艦攻撃模擬も行われたが、荒れた海上で大いに迫力があった



  雨と風とは益々ひどくなり雨は顔に容赦なく、降りつけ「針で刺す」ほどの痛さである。こんな経験は初めてで、貴重な一瞬を記録に納めたいとカメラを回した。

 右手でカメラ左手にハンカチを持ちレンズに掛かる雨つゆをぬぐってはぬぐいの撮影。雨に対する非武装ゆえズボンは見る間にずぶぬれになり、靴も靴下もぐじゃぐじゃ。
強風下の頑張り
後方は伊豆大島
  潜水艦の急速潜航及び浮上のデモも行われ、この一瞬一瞬を見逃すまいとほとんどの見学者が艦上に留まり子供のように興奮した。

「展示訓練」終了後、海上幕僚長殿の見学者への挨拶の最後に「これからを担う若い隊員に皆様から激励をお願いしたい」と結ばれたが、部下を思う気配りに感激、さわやかであった。

 17:00PM、定刻に無事「吉倉岸壁」に着岸。船に弱い家内も無事で、「3年後も機会があれば訪問したい」の言に私も一安心。

 
雨の艦内では奥様方の親交も深まり、有意義で想い出に残る一日でした。

 次回3年後に、この報告を読まれて海上自衛隊に興味とご理解いただけた沢山の皆さんと再度「艦上同窓会」が出来ればと思った。

 
竹村元閣下にはよい機会を作っていただき有りがたくお礼申し上げます。 

                  敬礼!

潜航直前の潜水艦

海上幕僚長乗艦
の護衛艦しらね



3 従軍記者 マネージャー

通路での同窓会

 藤原昭彦の家内です。(夫は“家外”だと思っているようですが・・・)
 10月22日の観艦式事前訓練見学について、同行した妻の立場からの感想を少し書かせていただきます。

  今回の参加は二つの点で大変有意義でした。一つ目は、申すまでもなく、竹村さんのお陰で、普通ならなかなか手に入らないチケットをいただき、護衛艦に乗り、艦内内部や海上での訓練を見学できたこと。(これについては皆様が詳細に報告されているようですね。)  

 二つ目は、その日参加された夫の同窓生にお会いし、また坂本、目代、横田さんの奥様と歓談できたことです。悪天候が幸いして(?)、艦内にいる時間が長かったので、通路に敷いた毛布に腰をおろし、話し始めると、自分自身のことや、子供、孫のこと、夫の悪口(!)など、次々に話がはずみ、初対面とは思えないほどでした。


 それにしても、小雨の降る寒い甲板でコンビニのお弁当を食べたり、(杉原さんだけは奥様手作りのお弁当持参でした)激しく降る雨に打たれて写真を撮ったりしたことを思い出すと、今でもおかしくなります。

 帰りは途中で杉原さん、坂本ご夫妻とは離れてしまいましたが、一緒に帰った目代、横田、藤原の三夫婦で駅前の居酒屋に立ち寄り、ミニ同窓会の続きを行いました。(横田ご夫妻の歌は“必聴”の価値あり・・・)

 皆様のお陰で本当に楽しい一日を過ごすことができました。今後また何かの理由をつけ、こんな形で集まる機会がありましたら、また是非お仲間に入れていただきたいと思っています。(春のイタドリ採りには是非お越しください)

                            博子

後部甲板での食事
後甲板から前方を望む


4 軍事評論家 目代記

きりしま前甲板

先ず竹村にこの機会を与えて貰ったことに心から感謝したい。

 乗艦した「きりしま」は恐らく旗艦であろうから将校・水兵とも選りすぐりだろうが彼らの衒わず臆せずの態度に思わず涙した。(つい先頃までおよそ国民から阻害されて萎縮しているのではと思っていた。)

前甲板からきりしま
主砲&艦橋を望む

  昭和30年頃の第一次戦記物ブームの際、雑誌「丸」にかじりついてことがある所為か、きりしまの同型艦「こんごう」「みょうこう」「ちょうかい」は帝国海軍では夫夫「き」と「こ」は戦艦、「み」と「ち」は重巡であったこと同時に小生は斜め後ろからみた妙高型重巡が一番のお気にいりであったことを思い出した。

「きりしま」は艦橋構造から高雄型に似ているのではないか。(尤も大きさは随分違うが。)因みに重巡鳥海は高雄型の同型艦の筈。

ミサイル弾薬庫兼
垂直発射システム

 海上自衛隊では金曜日には必ずカレーが出るそうな。これも帝国海軍の名残でこれには文豪森鴎外が関係(?)している。明治時代の陸海軍での大きな問題は《脚気》であったそうな。ドイツで医学を学んで陸軍の軍医総監であった鴎外は原因を病原菌と考えたが、海軍の某(申し訳ないことに失念した。)は食にありと考えていた。海軍の児玉源太郎は英国海軍のビーフシチューを真似てカレーをメニューに加えたが、具のジャガイモが脚気に効いたと。

きりしま艦橋内部
赤い椅子は艦長

 下らない話の続き。帝国海軍ではタラップは登りは一段飛ばし、下りは段飛ばしはしないと聞いていたので、「きりしま」の艦橋への登りに実行してみた。案の定と言うか左向う脛をしたたかに打って未だに傷跡がある。

 日本海海戦でロシア艦隊に完勝した帝国海軍は日本国民の最後の拠り所であったそうな。海に囲まれた日本は健全な海の守りが必要と考える。

 今彼等は充分にその自覚があると感じ雨の中ではあったが幸せな気分で帰宅した。


5 横田

防空関連装備

「攻めるも守るも・・・」の音楽を聴きながら童心に帰り、遠足気分で乗艦したのでした。そして、午後から「晴」の天気予報も見事に外れ、暴風雨の甲板で、ずぶ濡れになり、寒さに震えながら、我を忘れて壮観なデモストレーション観入ったのです。

 更に、大人気なく、興味本位で、立入禁止のドア開け、叱られたりして、艦内隈なく歩き廻り「超ハイテク装備」を学習し、いい加減疲れて仕舞ったが、サービスで置いてあった乗組員の非常食の「乾パン」が一番気に入った。その甲斐あって艦内唯一のニコチン中毒(命と引換?)症状解消の場(乗務員史料室)を発見、ここで一服!タバコが美味い!

高性能機関砲
4000発/分

 なんと!戦艦「霧島」の雄姿発見! 形、呼び名は変わっても「護衛艦きりしま」は、戦艦「霧島」の二世では? その中の一つ「戦艦霧島の最期」の記事(H13.3.15付「月刊海交」に「昭和17年11月14日(小生の誕生日)、サポ島沖で米戦艦と交戦し、集中砲火を受け、撃沈」の一部始終を目撃した戦友の生々しい戦況の長文記録)を読み入って、風化した歴史と共に、傷痍軍人であった亡父と戦死した弟のある亡母の戦争体験の話が脳裏に浮かんだものでした。

艦橋の下の六角形が
きりしまのレーダー

  皮肉なもので、日本で発明された「レーダー原理」を米国が評価採用し、勝敗を決した事実! 軍需産業が科学技術の進歩に繋がり、コンピューター、航空機、ロケット、人工衛星、宇宙ステーションの開発へと発展し、SFアニメ「宇宙戦艦大和」ではないが将来、宇宙での領空防衛になるのでは? と帰港路、疲労から空想の世界に浸ったものでした。

 夢から覚めて下艦時に退役軍人? らしき老人の艦旗掲降に敬礼していた姿が何故か印象に残っている。参加者解散時に同期「さくら」(居酒屋?)で隣国の女性との国際交流も交えて、楽しく、健康と感謝と再会を祈ったものでした。


6 横田 マネージャー

 めったに経験する事の出来ない観艦式を生れて始めて見る事が出来、大変感激です。天気予報では午後より雨が上がるとの事だったのが、見事に外れ一層のドシャ降り、顔に叩きつける雨が痛かった。テレビや映画でしか見た事のない軍艦のパレード、砲弾の実射演習、編隊飛行、潜水艦の潜航浮上、ファイア・フレア?で海上に瞬時に煙幕を張ったりETC・・・

きりしま後部甲板

隊員食堂付近で

 最初は寒く雨に濡れるのが厭でイヤ・イヤ仕方なく見ていたけれど、いつの間にか寒さも雨も忘れ見入ってしまった。

 また、海上自衛隊の乗員の方々には、イケメンが多く、皆さんキビキビ・テキパキ親切で大変気分が良かった。海上自衛隊ってカッコよくて素晴らしいと思いました。これからは、毎日の行いを良くして、次に観る時は是非好天に恵まれる事を祈っている次第です。ありがとうございました。

                            房子


7 杉原

きりしま艦尾で
自衛艦旗を背景に

 大変お世話になりました。

 晴れた日とは一味違った、厳しい訓練の一面を見せていただいたような気がします。空と海と艦がグレーのモノトーンで異様な迫力がありました。

短魚雷発射管を
見学中の乗艦者
 面白いスナップもとれました。

 船酔いはなんとか大丈夫でした。艦の中だけで1万歩も歩いてしまいました。次回もよろしく。


8 坂本


通路での同窓会
 ミニ同窓会兼ねて楽しい観艦式でした。

 強風波浪の中で迫力満点。全く揺れも無く安定した航行のイージス艦には感心しました。高所にある操舵室艦橋のマストを支えるワイヤーの唸り音は忘れられません。
 
きりしま艦尾で
自衛艦旗を背景に

 訓さんの横須賀での最後の職は第1護衛隊群司令だったとかですが、「しらね」にも乗ってたそうですね。

 すがすがしい若い隊員さんを見るにつけても、過ぎし日、青雲の志しを持って防衛大に進んだ若き日の三六会同窓生の顔が目に浮かびました。



9 参考資料(管理人)

  平成15年度 海上自衛隊観艦式
    受閲部隊先頭艦の「たちかぜ」からの10月24日のレポートです。
    観閲部隊乗艦の三六会のメンバーとは、反対の立場からのレポートです。

  観艦式写真集(海上自衛隊提供)
    潜水艦潜航・浮上 満艦飾・電灯艦飾の写真は一見の価値があります。
    写真は拡大できますが、写真が大きいため少し時間を要します。


                          平成15年度観艦式参加者一同

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