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第3回Kホームクラス会 その3 (H18.11.4〜11.5)

宮島


宮島にて



大鳥居

11月5日

宮島見学という当初の計画に、大和ミュージアムの見学が追加となりました。


今回のクラス会の計画策定後に、ホームページに掲載された「大和ミュージアム」「潜水艦の空中移動」に刺激されたのかな?


計画変更に伴い、ホテル出発が08:30に変更されたが、年寄りの皆さんは苦もなく対応できたようです。



吉和ICから中国自動車道、広島自動車道、山陽自動車道を経由して10時前には宮島口に到着しました。

3連休で混雑が心配されましたが、10時前であったためか宮島行きのフェリーにもスムーズに乗船できました。


東回廊からの光景



大鳥居


能舞台



東回廊からの光景


日本3景の一つである宮島の中核は厳島神社です。

厳島神社は12世紀に時の権力者である平清盛の造営によって現在みられる壮麗な社殿群の基本が形成されました。

この社殿群の構成は、平安時代の寝殿造りの様式を取り入れた優れた建築景観をなしています。

また、海上に立地し、背景の山容と一体となった景観は他に比類がなく、平安時代の代表的な資産のひとつです。



海中を敷地とした奇想天外なこの構想は、御祭神が海の神様であるため現世に竜宮城を再現しようとしたためか、また来世を船で渡って極楽浄土にまいる藤原時代の浄土信仰の一つのあらわれか、とにかくも平安時代の人工美と自然美の調和がここに結晶した一大偉観です。


回廊



五重塔


海上にあるため、海水に浸る床柱は腐食しやすく、しかも潮風や台風による風蝕と倒壊の危機にさらされています。

それだけに不断の入念な手入れが必要となりますが、幸いなことに800年近く経た今も、平安貴族たちの見た神社と同じものを目にすることができます。

社殿の近くに流れ寄る藻の清掃作業や、砂州の地ならしなどは、厳島神社ならではの光景といえます。



境内


昼食はここで「あなごどん」



昼食を食べた店のご主人も「山の中で鹿が繁殖しすぎて餌が足りなくなり、街に出てきて困っている」と話していましたが、久しぶりの宮島、本当に鹿が多かったです。


大和ミュージアム


10分の1戦艦大和



10分の1戦艦大和


宮島見学後、所用のある2名が帰路につき、残りのメンバーは追加プランの大和ミュージアムに向かいました。

広島県呉市にある大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)は、日本近代化の一翼をになった呉の歴史と、その近代化の礎となった造船、鉄鋼をはじめとした各種の「科学技術」を、先人の努力や当時の生活・文化に触れながら紹介しています。



平成17年4月23日にオープンした新しい施設ですが、開館して385日目の、今年7月1日には来館者200万を達成するなど、大変な人気のようです。


来館者数は当初目標の4倍以上に達しているとか!


10分の1戦艦大和



大型資料展示室


大和ミュージアムのシンボルは、10分の1戦艦「大和」です。


戦艦「大和」は、昭和16年(1941年)12月、呉海軍工廠(海軍直轄の工場)で、極秘裏に建造された世界最大の戦艦です。


しかし昭和20年(1945年)4月7日、沖縄特攻作戦に向かう途上、米艦載機の攻撃を受け沈没し、乗員3332名のうち、3056名が大和と運命を共にしました。



10分の1戦艦「大和」は、設計図や写真をもとに、可能な限り詳細に再現されたものだそうです。


10分の1戦艦「大和」が展示されている隣りの、大型資料展示室には零式艦上戦闘機、人間魚雷「回天」、特殊潜航艇「海龍」などが展示されています。

戦艦「大和」とは異なり、これらはすべて本物です。


零式艦上戦闘機と栄三一甲型エンジン


戦艦「陸奥」のスクリュー


戦艦「陸奥」の主砲身


大和ミュージアムの屋外にはレンガパーク、芝生広場、大和波止場などの関連施設があります。

レンガパークには戦艦「陸奥」の主砲身、スクリュー、主舵などの引揚品が展示されています。



大和ミュージアムの隣で開館準備中の潜水艦 オープンは来春とのこと



大和ミュージアムのすぐ近くに潜水艦が置かれています。

今年の9月下旬に2日間をかけて目の前に見える造船所からここに運ばれてきたものです。

「海上自衛隊呉資料館(仮称)」として、来春オープンの予定です。

潜水艦の移動については「潜水艦の空中移動」をご覧ください。


潜水艦をバックに



大和ミュージアムレンガパークにて


Kホームの皆さん、来年また元気に再会しましょう!



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